ザルツは「塩」、ブルクは「砦」の意である。15キロほど南のバート・デュルンベルクで産出される岩塩をハライン (Hallein) 市において製塩し、大司教から特権を与えられたラウフェン(Laufen)の船乗りたちがハラインからザルツァッハ川(Salzach)を通じてヨーロッパ各地に送っていた。塩の積載量に応じた通行税をこの地の大司教が財源にしていた。このためデュルンベルクの塩が地名の語源と誤解されている。しかしドイツ語のザルツブルクの名が史料に初めて登場するのは755年頃成立した『聖ボニファティウス伝』においてである。当時のサルツブルクの司教はバイエルン公よりライヒェンハル(現ドイツ領)の塩泉および塩釜の利益の一部を与えられ、それを布教の財源としていた。よって地名の直接の由来となったのはライヒェンハルの塩であると考えられている。
ザルツブルクは、町の中心を南から北に流れる清流ザルツァッハ川の西側に位置し、ツェントルムと呼ばれる旧市街と、川の東側に位置する新市街とに分かれる。新市街には1606年に建てられたミラベル宮殿と庭園、1776年に創設された州立劇場、1898年建造の聖アンドレ寺院、1841年に大聖堂音楽協会として始まり、1914年に音楽院となったモーツァルテウム、(現在は国際モーツァルテウム財団の建物)、ザルツブルク・マリオネット劇団が公演されているミラベル・カジノがある。マカルト広場には、モーツァルトの住居(1774年旧市街の生家から転居)や、ドップラー効果で有名なクリスチャン・ドップラーの生家もある。